「まあまあ成功」の結婚の中味

EC070_L

1984年、雑誌『わいふ』では「結婚」の成功の条件を探ろうとアンケートを読者に送り、一二四の回答を得た。
それによると、じつに八四パーセントの妻が、自分の結婚は、●大成功(二・ハーセント)、●まあまあ成功(五五パーセント)、●可もなく不可もなし(一八パーセント)、と
答えており、家庭の安定を示しているかのように見える。ところが、「誰と結婚しても同じ」「良妻の服を着て、命を削る恋をする」「ただ忍の一字の十年間で結婚は二度としたくない」などと怖いようなことを書いてきた人も、「まあまあ成功」組なので話はおかしくなる。いったい何をもって成功だというのだろうか。
100人ほどある「いちおう成功」組のうち、わずか八名をのぞいて「夫への不満」をいろいろあげている。
一位亭主関白で男尊女卑的思考で保守的、身のまわりのことはできず、家でゴロゴロしていて、家事も手伝わない(三五例)。

二位性格11神経質、わがまま、ルーズ、口うるさい、細かい、短気、身だしなゑが悪い、ケチ、浪費家、がんこ、だらしない、消極的、自己中心的、など(二九例)。
三位仕事人間であり、帰りが遅く、妻・家庭に関心を持たない(二一例)。
四位健康に留意しない。とくにタバコ、酒、肥満の心配が多い(一六例)。
五位父親として不満(一三例)。

続いて「趣味をもたない、勉強しない、本を読まない」「収入、転職の不安」「夫の家族との関係」「価値観のちがい」「妻の行動を束縛、妻を理解しない」「地域活動に不参加」などがある。
どう見ても仲がよいとは考えられないケースが、「まあまあ成功」としているのである。なぜだろう。
結婚の内容について、日本の女はぜいたくをいわないのであろうか。味のうすい味噌汁のような幸福で、満足しているのだろうか。
たぶんこれは、結婚の中味が変動する過程で、古いものと新しいものが混じり合った状態なのであろう。
結婚生活を成功と言えるようにするためにはまず、自分に合った相手探しです。

参考:

相互リンク開く

「クロワッサン症候群」に対して

EC074_L

「クロワッサン症候群」のいき遅れたOLたちも、じつのところ結婚しているのである。
ただ届出婚でないだけだ。彼女たちは旧態結婚にあこがれて、安定的な長期のそれをやってみたいと思っているのだが、
飽食の時代にあっちのフランス料理はもっと美味いんじゃないかというだけで、べつに飢えてはいないのである。
女のシングルが増えるのは、美味しくない料理など食べたくないということに過ぎない。
おそらく近い将来、結婚は届出と非届出に別れていき、中味が美味いと分かれば届け出る、まずいものと、みすみす知っていながら食べさせられ、
縛られるのは願い下げということになるだろう。そこに至る選択の過程で、まず短期の非届出婚が行われ(現在さかんにやっていることだ)届出まで行くものと、
そこまで行かないものとになるだろう。
子供を生み、育てるには届出が当面は必要としても、その決心をしないものも多数にのぼるようになると思われる。
子供を生むことが昔のように老後保障にもならず、教育期間も長いので経済的負担が重い。
その上女はうっかり子供を生むと、職と収入を失い、社会人としての可能性を失うので、だんだん慎重になるに相違ない。
現在はまだ子供は女の最大の喜びという宣伝が利いているから、生む者が多いけれども、すでに二十代の母親は、子供を預けてでも自分のしたいことをやるし、
いつになったら解放されるかと悩むのが共通の心情になっている。
家事と同様、子供さえ女の生き甲斐ではなくなりつつあるのだ。役割分担婚で失業していない男性側は、この変化に相当の抵抗を示しているが、
なかには妻子をしょい込むなどつまらないとか、自由を失いたくないとか考え始めた若者もいる。
女に経済力がもっとついてきて、届出婚の意味が希薄になってくれば、届出なしで子供を引き受けることもできるだろう。
いま盛んに言われている夫婦別性の問題も、解決してしまう。
結婚はサナギが蝶に変わるように脱皮し変わりつつあるのだ。今さらナントカ症候群のいき遅れだなんて、時代錯誤もはなはだしい。
しかし、とにかく、世間で婚期と言われる時期の内で早い時期に結婚をした方が将来はいろいろな理由で、幸せかもしれない。
今結婚を考えられる相手がいないなら、まずは新しい出会いを探してみましょう。

参考:出会いがない 社会人

見合い結婚と恋愛結婚

EC073_L

見合い結婚と恋愛結婚は、三十年代には七対三の比率だったが、最近は逆転しているという。
権利を持った娘は親に対しても強い。自由に恋愛をしてはばからず、親のいうなりに泣く泣く嫁ぐなど昔話になってきた。
恋愛の過程で処女を失うものが一定以上に増えてくる―そもそも男女は同数が自然の摂理だが、
現在の日本では避妊の普及のためか男性が多い(適齢期で50万人のアンバランス)―と、処女にこだわっていたら結婚がむずかしくなってくる。
恋愛で処女を失うような女性は、男にもてる魅力的な人が多いので、男性側は処女か美女かというジレンマに追い込まれ、それが相反するとなれば美女を選んだとみえる。

こうして非処女差別が消えていき、同時に独身必ずしも異性関係がないことを意味しなくなった。
事態が深刻だといったのはこのところで、「クロワッサン症候群」どころじゃない、「結婚」は中味が変わるとともに形態も、
一般に考えられているよりは大規模に変わりつつあると思う。
松原惇子氏がインタビューした、結婚したがっているOLたちも、異性関係がまったくない者はおそらく少数であろう。
結婚が社会的強制でなく、本当の自由意志、憲法どおり「両性の合意」になってきた上に、屈出によらない実質的結婚が増えてくれば―シングルと称する人も実質、
短期の結婚はしている―結婚の行方は限りなく”事実婚”に近づいてしまう。
届け出婚はお互いに不貞行為をせず、経済的にも精神的にも協力し合うという、独占確認の民事契約であるが、契約がなくとも、同棲多年にわたれば、
しだいに夫婦として認められるように法律運用上もなってきており、この面でさえ〃事実婚″が幅が利かし始めている。
三十年mる。三十年別居の有責配偶者が、最高裁で離婚を認められた。これも事実婚の擁護につながるだろう。
届出婚は形骸化しつつあるので、今さら「クロワッサン症候群」、いき遅れて困っている娘たち、などというのは、大火事にバケツで水を掛けるようなものだ。

このような動きにともない、旧態結婚の中味に対する疑問が、女性側からぞくぞくと出されてきたのだ。
『わいふ』のみならず、新聞の投稿など、いわゆる女性の声を集めてみればよく分かる。男は疑問を出さない。
なぜなら労働協力、役割分担による旧態結婚は、女性側が家事労働において失業したところから崩壊を始めたからだ。
男性側は、外へ出て働き、生活費を稼いでくるという役割において、べつに失業していない。当然、意識も変わらないのである。
幸せな結婚生活を送るにはまず素敵なパートナーと巡り合わなくてはいけません。

出典:

「結婚」は変動しつつある

EC072_L

さて『クロワッサン症候群』では、『クロワッサン』に乗せられて、結婚しなかった女どもが、適齢期を過ぎて今や後悔しているということになっているが、事態はもう少し深
刻であるように思われる。
女のなかに結婚しない者が現われたのである。これは今までになかった現象で、日本は結婚率が高く、三十歳ぐらいまでには男女ともほとんどの人間が結婚してしまっていた。
「結婚」は社会に参加するための、必要欠くべからざる資格取得の意味を持っていたので、男も女も、まつとうな人間として扱われたければ、結婚しなくてはならなかった。
女側は職業に就くこと、経済的に自立することがむずかしかったという理由もあったが、何よりもフッーのコースを踏みはずして差別されたくないために、結婚を急いだ。
男側も「三十過ぎて結婚していないと、社会的な信用が得られない」などと言ったものだ。

これでは結婚の中味など間うてはいられないし、よかろうが悪かろうが、相手がどんな人間でも止むを得ないという状態だった。好きも嫌いも結婚するという大前提があっての
ことだった。
いったいいつからそれが崩れ出したのだろうか。
わが「わいふ」が『クロワッサン』創刊の年、一九七七年に「なぜ結婚するのか」という特集を組んだとき、寄せられた投稿によると、「適齢期にせまられて」「社会的差別に屈して」というのがやはり多かった。当時、それが二十代後半から五十代までの人たちの実態である。
わずか十年の間に、前述のように結婚の中味が役割分担から伴侶性へと変化しただけではない。独身者への差別と、非処女への差別が激減した。
以前はキズモノといって、処女を失った女性は結婚不適格とされた。さらに独身者の女は「イキオクレ」「オールドミス」、男の場合は「カワリモノ」と差別語で呼ばれた。
そんな語がいつごろからか使われなくなり、恋愛の過程で性関係を持つのも社会的公認とまではいかないが、実態として当たり前になってしまった。
やはりこれは女性の地位の向上の結果だろう。戦後、不充分とはいえ、職に就く道が開かれ、新憲法下で財産も相続できるようになった。
相続権があっても、昭和30年代には、まだ親の方に財産がなかった―戦争で失ってしまった―が、その後の経済高度成長で50年代ともなれば家くらいもらえる娘が増えてきた。
現代に生きるあなたは幸せである。

参考:出会い系 サクラいない

結婚生活の今昔

EC071_L

古い結婚観は、農家型がその原型である。夫婦が労働によって協力し、家(家庭)を守ることが「成功」であった。
アンケートでも妻の家事能力は結婚を維持する重要なファクターと、妻自身によって考えられている。良妻とは家事能力の高い妻だというのである。
この考え方では、夫側に求められるのはまじめに働き、一家を養うに足る収入を持ってくることで、成功組は確かにそういう夫を持っている。
ギャンブルに入れあげたり、暴力を振るったり、女をこしらえたり、といった極端なことはやらない夫たちである。
アンケートに答えた人たちは、頭の半分に、収入=男、家事=女の役割分担婚が染みついているので、その面では自分の結婚は「成功」だと思うのである。
ところが頭のあと半分は新しくなっている。それが夫への不満となり、労働協力以外の中味を結婚生活に求めさせ、「成功」の上に「まあまあ」がつくのではないだろうか。
「大成功」と答えている二パーセント、一四名の答えを洗うと、このことは一層はっきりしてくる。彼女たちの七二パーセントが何らかの職業を持っている。
しかも自立型で相当収入が高い。

結婚の動機は、「恋愛」と「人生の伴侶として望ましい人と思った」が、これまた72パーセントを占め、
まあまあ組や不成功組にある「適齢期」「家から離れたい」「性関係があったため」などは非常に少ない。ことに「適齢期」はひとりもいない。

不成功組は何と「家から離れたい」が七五パーセントにものぼり、他に動機が見当たらないほどだ。
恋愛が動機となるのは、どの組でも三○パーセント程度なので、やはり大成功組の特徴は「人生の伴侶として望ましい人」と結婚したことにあると思われる。

多分、現在の望ましい結婚像は、妻が家事・育児だけに縛られず、社会に参加して能力を生かし、相応の収入があり、そして夫は「一家を養う大黒柱」ではなく「人生の伴侶」
であるような、そういうものなのであろう。

潜在意識としては、女たちのすべてがそれを求めているのだろうが、役割分担婚にとらわれた意識をなかなか抜け出られないのだ。
夫に養われ、家事といっても今や大したことではなし、のんきに居心地よく暮らした方がよい(自分で稼ぐのは大変だ)という思いもあり、
生活の変更にはなかなか踏承切れない。しかしながら、一方では不満がうっせきする。自信が持てない。そういう妻が「まあまあ成功」組なのだと思われる。

結婚の中味はじりじりと役割分担から伴侶性へと変わりつつあるのだ。その変化が速い(近為十年来)ために、適応できない人が多いのである。
変わりゆく時代の中で、最高の相手を見つけるならたくさんの選択肢からあなたに合った結婚相手を探せます。

出典:結婚相談所 選び方